N生児の星 10 最終話

このお話は斎藤雨梟作・SF小説『N生児の星』の最終話(第10話)です。
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N生児の星©︎斎藤雨梟 SAITO Ukyo

 肩を落とす娘に、剣崎は語りかけた。

「情報を自在に操れるはずが、どうも私たちは、一人で全てを知り得ないようじゃないか? そう作られていると言いたいくらいだ。さっきも話した通り、生まれる前の因縁に興味のないたちでね。望とも球ともこんな話はしたことがない。球が、いや私と望まで協力してあんたを生み出していたことも、長生きな種族だってことも何度も言うが初耳だ。これほど好きな人形作りが、コマンドなんて所詮仕込みの種がらみ、しかも背いたつもりで操られたなら不細工な話だよ。だがこれもまた一興、そこに山があるから登る、なんて呆けた言い分と似たり寄ったり、理由なんか突き止めても詮無いとわかって良かったってもんだ。とにかく私は好きなのさ、人形が。これほど見事に仕上がれば満足だ、閉じ込めた時間の檻から飛び出すほどとはね」

 ひどく饒舌な剣崎を前に娘は言葉を失い、ただ胡乱な笑いを浮かべるばかりだ。

「球が生まれてきたあんたを放っておいたってのだけは妙な話だ。うまくいくと思ってなかったか、計算違いでもしたんだか、後で好きなだけ問い詰めりゃいい。あんたが一人でしてきた苦労は、申し訳ないが今からどうこうできはしない。何せ私は、三次元に囚われたきりだからな。時間の檻から自分で抜け出したあんたや、抜け出す仕掛けを作った球、それに四次元に足を伸ばし始めた望と比べりゃ、姿は似てても出来が今ひとつらしい。いや、だからって悪いとも残念だとも思ってないさ。それに、元来は四次元を掌握した種族だと教えてくれたあんたがまだ知らないことを、教えるくらいはできる」

 その一言に、娘の瞼が小さく震えた。

 行き場を失いぼやけていた目の光が、剣崎をとらえて集まる。期待とそれを抑える力が拮抗した眼差しだった。

「この星に合わせ、合わさせるのは征服が目的じゃない、生存条件を探る、ただの実験と観察さ。コマンドはそうは言わないが私にはそうとしか取れない。そして結果を次世代にもフィードバックすること、とね。どれ、このひとつくらいには、従うとするか」

 静かに響き渡るその声に、娘ははっと顔を上げ、さりげなく居住まいを正した。

「私もこの星で多くを知った。まず、自己複製を最優先し、世代交代しながらお互い食い合って支え合うシステムは環境依存の限界が厳しいこと。この星ではもう限界を超え、現生の生命も新しいシステムに乗り換えない限り滅びに向かうだろうこと。多様さが乱れた均衡を復元する力だが、活動の規模と速度が際立って高い種の出現可能性を内包していながら、その急な興隆にも衰退にも対応しきれていないこと。本能のみで制御してもだめ、余計な知恵を乗せれば暴走してなお悪い。球はどういうわけか人間が好きだから、新しい体で人類を変えて、何とか生かしたいんだろう。うまくいくかはわからないが。一方、仲間を守るのはここでも有益だ。だが」

 剣崎は息をつき、何を思ったか再び天井に手をかざし、あかりをすっかり消した。闇がただちにおびただしい人形とその構成物を隠す。

「私にそう教えたのはコマンドじゃない。自分を理解してくれる人、理解するかもしれない何かへの思い――この星に何人いるのか、いないかもわからない仲間への思いも、混ざっていたのかもしれないね――とても説明のできない、抑え難い郷愁みたいなもの……本当にただ、それだけだったよ」

 語尾はかすかに震えていた。その余韻に呼応し、暗闇が、ゆらめき始めたようだった。

 夜が本物の闇を取り戻した時代だ。人間もエネルギーも希少なものとなり、たとえ密集居住地でも、剣崎の古い記憶にかろうじて刻まれた、眩しい街あかりはもう見られない。漆黒の闇と静寂の柔らかさは、この星に生まれて年の浅い娘にとっても、馴染み深く懐かしい手触りだった。そこへ剣崎の声が分け入る。

「いいか、コマンドはあんたを守りもするが、所詮、現状優先の図面みたいなお題目だ、信じないくらいじゃ手ぬるい、しつこく疑ってかかるがいい。あんたの言う通り私たちはフラフラ揺れ動く情報そのものさ。私は情報の表面ばかり、物質の見せる深淵ばかりに取り憑かれてきたからこそよくわかる。ただ、同じ情報がどこでも同一の作用をしやしないのはあんたも認めるだろう。コマンドが教えてくれた最大のことは、コマンドだけじゃ存在できないってことさ。あんたが宇宙に惹かれるのも、知らずもっと上位のコマンドに従っているとも、違うとも言えるが、それを知って何になる? 誰を仲間として守るかも、あんたが決めるほかないんだ」

 それからしばらくの間、娘の息遣いだけがかすかに響き、ぐったりと椅子の背にもたれ、暗い天井を見上げる様子を静かに伝えていた。

 やがてぽつりと言うのが聞こえた。

「長い旅になるのでしょうね、宇宙へ出れば」

 軽く頷いたらしい間の後、剣崎はふと何かを思い出したようにくすりと笑った。

「ここの暮らしも長かった。思い返せば、良きにつけ悪しきにつけ、人間とは思えないだの人間離れしているだのと言われてきた。あんたに言わせりゃ、そりゃごもっとも、ってところだろう。別段嫌でもなかったがね、私は自分が何者なのか、わからなかったよ。今だってわかりゃしない。それに、三百年をひどく長いと感じるんだ。どっちも随分、人間らしいことじゃないか」

 闇があたりになじめば、窓に切り取られた夜空の、無数の星の輝きが際立って目に入る。生き写しに同じ造作の二つの顔が、見つめ合うのをやめ、初めて並んで同じ景色を見ていた。

「あの星のひとつひとつがとても遠く、足がすくむのは、この星に生まれたからなのでしょうか」

 四角い星空に吸い寄せられる娘の目は、いましめを解かれ、かえって強くどこかへ繋がれたようでもあった。

 宵闇のはじめ、ひときわ強い輝きのいくつかは、失敗し遺棄された宇宙居住区の残骸が反射する太陽光だ。この時代の暗黙知である偽物の星のことを、だが二人とも、同じ時を生きる人間たち同様、口に出すことはない。

 人類の宇宙時代前夜の、ある一日のことであった。

(了)


斎藤雨梟作・『N生児の星』はこれにておしまいです。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

もしご縁があればまた、次回作にて!

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