N生児の星 9

このお話は斎藤雨梟作・SF小説『N生児の星』の第9話です。
過去回はこちらです→ 第1話 / 第2話 / 第3話 / 第4話 / 第5話 / 第6話 / 第7話 / 第8話

全10話で完結予定です。

N生児の星©︎斎藤雨梟 SAITO Ukyo

「いえ、伝言さえしてくだされば」

 そそくさと立ち上がろうとする客に、剣崎は素早く近づき、いささか強引な動きで覆いかぶさるように顔を寄せると、口の片端を歪めて笑った。

「悪かったね、人形は動かない方がよっぽどいいなんて言って。その上死体役までさせて」

 そのまま頬の産毛までも逃さぬ目つきで舐めるように客の顔を見回すと、囁く。

「いい出来だ、この私が騙されるとはね。正直、あの時も、そのまま火葬するのは惜しいと思ってたんだ。撤回するよ、生きて、動いているのもいい」

 客は人形のように冷たく整った顔を崩し、憮然とする。

「そんなことはどうでもいいんです。私はもうこれで」

「律儀に伝えにきたくせに、なぜ会って行かない? 球も喜ぶよ」

 引き止めるが、客は留まろうとはしない。剣崎の声音のどこかしらに、獲物を追い詰める嗜虐的な響きがあるのは確かだったが、それを嗅ぎ取ったからでもないようだ。

「だといいですが」

「何か含みがあるね」

 剣崎はふざけた調子を驚くほどの潔さでさっと脱ぎ捨てた。「娘」の顔を改めて正面から見る、その透き通った瞳の光には、抗えない強さがある。娘は観念して浮かせかけた腰をようやく戻し、何かを振り払う仕草で首をゆすった。

「時間がかかったとはいえ、概ね複製は成功でしょう。いい出来だとお墨付きもいただいたことですし」

 あからさまな皮肉を、だが剣崎はまるで無視した。

「概ねどころか大成功じゃないか、見事に地球人らしい。私が地球人らしいと言えれば、だが」

「ええ、外見や身体機能には問題ありません。ただ、私には従い難いコマンドがあります」

「ほう」

「この星に合った自己複製、この星を我々に合わせること」

 剣崎はゆったりと頷く。急に親心に目覚めたでもないだろうに、幾分優しい顔になって話の行方に添おうとしている。

「望の助けを借りなければ時間遮蔽だか何だかができないという話か。それなら、きっと」

「そうではありません。もっと本質的な機能不備かもしれません。私はこの星ですべきことがあるとわかっていても、気づけば空を見て、知らない場所に、宇宙に出てみたいとばかり考えてしまうのです」

 話が進むほどに身を乗り出し、目を輝かせていた剣崎だったが、そこで愉快そうに膝をポンと両手で叩いた。

「それは結構」

 娘の顔がたちまち、高温の恒星のごとき青白さに激する。

「結構なわけがない、私はコマンドを読み解き実行することこそ自分の存在価値と、あらかじめ知って生まれたのですよ。それだけをよすがに一人で生き延びてきたと言ってもいい。それともこれが失敗ですか。記憶は失われるべきでしたか、あなたのように」

 その静かな怒りを、剣崎はまずは受け止める形にうつむくと、返す。

「私が本当に何もかも忘れて、ただ本能のように人形を作ったと思うのか?」

「どういう意味です」

 憤りをすぐさま燃料に転じた敏捷さで、娘が聞く。

「我々にとって三百年など短い時間だと言ったな。ならば十億年はどうだ、それも短いのか。私にはよくわからないが、ともかく、地球生命は、それ自身を設計する情報を直接把握もできずに数十億年、存続してきた。見知らぬ星への適応を優先させたとはいえ、我々種族の自己複製が、私と望がわけもわからずたまたま作った人形と球体、そのふたつを組み合わせるという球の天才頼みでは、弱過ぎやしないか。この星の生き物の本能に及びもしないじゃないか」

 娘は眉根を寄せ、再び厳しい顔になった。

「実は何もかもわかっていたと? ならば私が今日来る意味などなかったんですか。信じられない、それならそうと」

「まさか、そうじゃないよ。あんたの正体をさっきようやく悟ったのは本当だ」

 しばし考える間に娘は何度かその表情を変え、手探りしながらの慎重さでやっと口を開いた。

「では、コマンドを認識した上で逆らい、自己複製不能なように人形を作ったとでも?」

 剣崎はにやにやして答える。

「わざと足りなく作るほどひねくれちゃいない。ただ、知りもしない仲間のために働くより、好きなことをしたまで。私は、人形を作りたかっただけ、それを自己複製と結びつけたことすらなかった。そりゃあ、自分が他の人間と違うようだと気づきはしたさ。だが気づいたからといって、この姿でこの星に生まれたことは変わりゃしない、呪いじみた話じゃないか。あんたが思い至らなかったのは、姿が似てたって中身は違うってこと、コマンドや他の情報が多少読めたところで、知ったことかと蹴飛ばすやつもいるってことさ」

 娘はさながら泣き出す寸前の子供の、大きな丸い目になって聞いていたが、全身の力と引き換えに満ち満ちた諦念を一気に吐き出すように、深く嘆息した。

「何てことだ、盲点だったには違いないけれど、それで崩壊しないあなたの自己構造がわからない」

 怒りも呆れも放り捨てた顔には、迷い子の心許なさが、もう隠しようもない。

(次回・最終話につづく)


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