N生児の星 3

このお話は斎藤雨梟作・SF小説『N生児の星』の第3話です。
過去回はこちらです→ 第1話 / 第2話
全10話で完結予定です。

N生児の星©︎斎藤雨梟 SAITO Ukyo

 今じゃ人工臓器を特級AI搭載の技能体より上手く作ると重宝されてるが、もともと私はただ人の体が好きで、人形を作ってた。顕微鏡ででも見ない限り、本物と区別がつかないほどのを。といっても、本物の死体ってところだね。人形を動かしたり、生きてるように見せたくはなかった。動かないのが好きなんだ。

 なぜかって? さあ、うまく説明できないけれど、生きた人間だって、時間を止めて見れば、生き生きした躍動感なんてありゃしない、脈も呼吸もなくて、死体と同じだろう。時間を止めるって、いったいどういうことだろうね。ものをどこまで小さく分割できるかは、議論になるじゃないか。素粒子だ何だって話だ。本当は無限に小さくできるとしても、人間の認識の限度は当然あるだろう。でも時間は? 時間にだって、人間の捉え得る限界の小さな欠片があるはずだろう。私はその欠片よりももっと小さなところ、そこに住んでるものが好きなんだ。

 望も言ってた、「わかるよ、動いたりしたら台無し。動かない方がずっと素敵」ってね。望は本当はもう動物より抽象立体作りに興味を移していて、仕事の傍ら熱心に作ってたが、一貫した好みは私と同じ、時を止めたように動かないこと。「でなきゃいっそ、速すぎて止まって見えるくらいがいいね」なんて笑い合ったりもしてたね。どこか時間にあからさまに縛られたものが、気になって仕方がないんだ。それにね、人と比べようもないほど短命な、もしくは長命な生き物から見れば、私たち生きた人間だって、時間の枷に囚われて、さぞや気味の悪い振る舞いをしているんだろうよ。そう考えるとおかしいじゃないか。

 剥製を飾るくらいだ、人は動かない動物を不気味とは感じない。でも人の形となると魂の宿る器らしくて怖いのか、人形なんか作っていると、魂など与える気がなくても、いや、なければ余計に、気味悪がられた。偽の魂でいいから宿らせたいという願いならば、反発もされるが共感も得られるようでね。アンドロイドなんかも最初は嫌われたが、いじましい願いの結実が実際人の役に立ったってんで許されたんだろう。動くってことはそういう、役に立つかもしれないっていう、一種の言い訳になるらしい。その点私の人形は違う。もちろん働かない、重くて自立しない、表情やポーズもつけ難い、それでいて人間そっくりの、まさに死体だ。

 何でもかんでも監視される社会はその頃からさ、気味悪がられるのは構やしないが、死体そっくりだけに何度か面倒事になりかけた。隠れて作ろうにも、人形は大きいし、材料の合成や道具に凝るほど大がかりになる。手間暇かけてコソコソするのも我慢ならなくて、ふと悪戯心が湧いた。人形を本物の死体に見せられるか、いっそ試したくなったんだ。

 大っぴらにしてない話だが、今となっては些細なことだしもう時効だ。それにあんたは事情があってここへ来たようだし。調べられる限りのことは尽くしてきたんじゃないのか。何のためだかは知らないが、新しい話が聞けなきゃ無駄骨だろう。

 さっきの話で納得? するわけないだろ。それでも話していいのかって? さあ、ただ、なぜかあんたの企みがそう悪いことの気がしなくてね。出会った頃の球を思い出す。なんだ、簡単すぎて裏があるんじゃないかって顔だね。気持ちはわかるが、そう警戒しなさんな。今日という日に何か、あの時と重なるものを感じてならないんだ。たぶん、あんたが思う以上の意味で。

 そう、球の話だった。

 どうせ騙すなら死体に慣れてて、ちゃんと調べる人間の方が面白いだろう。死んだ殺したの騒ぎが人に及ぶのも夢見が悪いから、作るのは自然死か病死をした、自分そっくりの死体人形。となると騙すのは医者。二人で立てた計画はこうだ。まず私が瀕死を装って病院へ担ぎ込まれ、回復したがまだ不安だと言い張って入院する。どうにか一般病棟の個室に移れたら次の段だ。人形を望が密かに荷物に紛れさせて病室に運び、私が態勢や体温を調整してかわりにベッドに寝かせ、入れ替わる。

 そこまでが難しいと思ったのに、やってみると案外順調だった。あとは私が隠れた後、望が医者に急変を知らせて、さあ会心の作が本物の死体に見えるか、お立ち会いだ。細胞やDNAまで調べられるとさすがにまずいが、それも医者が不審死や希少病例と判断しなきゃ勝ちだ。ここまでくればうまく行くと思った。その時は、死亡届は出さずに逃げるか、いっそ出して死人の自由を手にし、生者としては望と二人一役でひっそり生きるか、どっちも悪かない気でいた。真夜中の暗がりで、その最後の相談中だったよ、あいつが入ってきたのは。

(次回につづく)


斎藤雨梟作・『N生児の星』3 いかがでしたでしょうか。次回をどうぞお楽しみに!

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