N生児の星 7

このお話は斎藤雨梟作・SF小説『N生児の星』の第7話です。
過去回はこちらです→ 第1話 / 第2話 / 第3話 / 第4話 / 第5話 / 第6話
全10話で完結予定です。

N生児の星©︎斎藤雨梟 SAITO Ukyo

「コマンドとは情報すべてではなく、身体を存在させる物質に先立つ特別な司令的情報、設計思想の核と呼べるものです。例えば、生き延びること。この星の環境に合った自己複製をすること。複製の首尾を上の世代に伝達すること。仲間を守ること。この星を我々に合わせること。まだ続きますが、優先順に挙げました。未知の環境でひとつめを優先させれば致し方ないですが、あなたと望さんは上位のものに本能のごとく従っただけで、理解はしていないようです。球さんだけが下位のコマンドまで覚えている」

「球が? なぜそう言える」

「第一に、あなた方を守っているからですよ。私も初めから自分を統べる情報を何もかも解読できたわけではなく、時間をかけて、隠し階層に記録された我々種族の知識をだいぶ解放したところですが」

 と、またこめかみを指でつつく。剣崎も、客に近いほうの片眉をまた弓なりにぴくりと上げる。

「我々は人間よりはるかに長命です。というより、寿命という概念がない。簡単に言えば、情報を直接手でつかみ、形作れるような我々の本質がそうさせるのです。体の機能も外形も制御し、変える必要さえなければ通常、生涯一定に維持します。あなた方の元々の資質を、再生医療技術で若さを保っているかのように装えたのは、球さんだけだ」

「ふん、球は使命に従って、私と望が人間のふりをして生きるのを助けながら、逆に人間を私たちに近づけていると?」

「その通りでしょう、よく考えてください。球さんは医学の頂点に立ち、権力の中枢に食い込み、人間界を作り変えられる立場にいる。じき人間は全て新しい体になり、生身にこだわる長老たちさえ、あなたの作る臓器でじわじわと変質するでしょう。気づいていませんか、新しい体の人々が皆、あなたにどこか似ていることに」

 断じると、剣崎と瓜二つの顔に、なぜかほのかに苦い笑みが滲んだ。が、ひたひたと昂じてゆく剣崎の目に、それはどうやら映っていない。

「じゃあ、私たちはどうして赤ん坊から成長した? 望の病気はただの不運か? 長く健康でいるのも簡単だというなら、なぜ。それに、あの卵殻は何なのかをまだ聞いていない」

 客は落ち着けとばかりに咳払いをした。

「第一世代のあなたたちは地球での生きやすさを優先された個体です。記憶の回復が鈍いのも、幼生型から始めた影響でしょう。望さんの病気に関しては推測しかできませんが、恐らくそれは、高次元上の跳躍です」

 初めて剣崎の表情が大きく動いたのが、その時だった。

「何の、跳躍だって」

 続く立ち話に今になって気づいたのか、それにしても不自然なほどの動揺を見せ、剣崎はぎこちない動きでスツールに腰を下ろす。客もつられて、肘掛椅子の座面に再び身を沈めた。

「我々は、四次元を掌握した存在らしいです。遠くへ旅するために削ぎ落としたのか、地球生物圏に適応した結果なのか、今の私もあなたも元来の能力を失い、三次元の自由しか利きません。ですが望さんは、何かの拍子にそれを取り戻し始めたのでは」

「飛躍が過ぎる」

「例えば、一次元の直線に住む者から見れば、ジグザグに歩く二次元生物は消えたり現れたりして見える。平面上しか認識できない二次元生物から見た、垂直に飛び跳ねる三次元の存在も同じ。さらに一次元上げれば」

 淡々と続く説明を蹴散らし、剣崎が全身に苛立ちをあらわに割って入る。

「そんな能書きは聞きたかないんだ。だいたい、それならば消えたり現れたりするだろう、望はただ、止まるんだよ」

「それは三次元人の認識世界が補完する、一種の残像かと」

「いい加減なことを」

 剣崎の唇が馬鹿にしたように歪んだが、何かを考えめぐらせる目は真剣さを隠せていない。

「望が何も言わないのはおかしいだろう。新しい能力を得ただけなら、あれほど気に病むこともないし、私や球がどれほどの思いで望の病状を見守っているか、十分以上に知った上で、黙っているなど」

「ただならぬこととが起こっているとわかるだけで、まだ能力を得た自覚がないのかもしれません」

 睨みつける剣崎から目を逸らし、客は困惑げに肩をすくめた。気の進まない道を黙々と進む、その歩みまで邪魔されるのは心外だという顔だ。

「言いたくても言えないということもあります。言えない事情があるという意味ではなく、言うのが不可能または困難という意味で」

「そんなことがあるものか」

「ありますよ。初めからこの、地球人の言う『成長した』心身に生まれついたからわかります。表現能力と経験の歯車が噛み合わなければ、自分に対してすら表せないものがあると。今時の神経同期では起こり得ないですが、あなたならば、共通話で体得した新しい概念をもはや日本語で伝えられないという経験はおありでしょう。同じことですよ」

 静かな声が、次第に子供の悪事でも諭す調子を帯びて、剣崎の頑なさをいくらか和らげた。この怪しげな客の周到さの中に、どんな些事にも新しい気持ちで向き合わねばならない無垢な若さがほの見えたからかもしれなかった。

「初めからそうじゃないかとは思ってたが」

 弱いため息とともに、剣崎は独り言めかして呟いた。

「あんたは本当に、どこか別の星の人かもしれないな」

 と、言い終わらぬうちにまた、灰緑色の瞳に粘りのある光が戻る。

(次回につづく)


斎藤雨梟作・『N生児の星』7 いかがでしたでしょうか。ご感想、こちらのメールフォームからお待ちしております。ぜひお気軽にお寄せください。

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