N生児の星 1

「世の中にはそっくりな人間が五人はいる、などと昔は言ったものです――おや、何のことかというお顔、お若い方には無理もないですが――これはいわば世界の広さの言い換えで、狭い世間で暮らせば、似た人にそうは会わなかった。今は外見など好きに変えられるのだから、奇抜なご面相で百花繚乱、溢れかえってもいいはずが、どうしたことか、かえって同じ顔が五人どころでないときている。人類の退化の表れなのか――確かにそんな頃合いでしょう――それとも、地球外知的生命の秘密裏の干渉を真剣に怖れる時代だけに、人間同士似せておけば、よそ者をあぶり出せて安心とでもいうのだか。フフフ……益体もない話をしました、『新しい体』の若い方がわざわざ訪ねてくださるなど初めてなので新鮮で、つい」

   *

 その生身の手で万を超える精巧な人工臓器を作った特級生体技能者、剣崎顕(けんざき あき)は、午前中の仕事を終えると上階へ妹を見舞い、昼食を取るとまた工房へ降りた。

 奥行きのある細長い部屋には、剣崎の生み出した半生命とでもいうべきものたちがひしめいている。入口に近い側の壁を覆う棚には、これも手製の、大小様々な透明セルが並び、満たされた琥珀色の液体に浮かぶのは、臓器をはじめあらゆる人体の部品――眼球、耳殻、骨や歯、手足の指など。セルの歪んだ膜壁は、何世紀も前の手吹きガラスに似て、わずかな視線の動きに応じ、中のものがゆらりと動いたかのように、あるいは、囚われの深海生物じみた暗い目で見つめ返すかのように錯覚させ、前に立つ人を幻惑するという。

 おびただしいセルの棚を抜けると、奥の一角には、スタンド型の台に身を預けた人工体が居並ぶ。それらは何ひとつ欠けたところのない完全な人体としか思われない一方、命を持たないと一目でわかるという矛盾を平然とまとって立つ。濁りのない瞳の浮かべる光はどこか虚ろで、しかし見つめられるうち、やがてついえる命を哀れまれる心地になると言う人もいる。生きた体として何かが足りないというより、むしろ過剰であるしるしかもしれない。

 生きたようであるためか、死んだようであるためか、いずれもが言いようのない不穏な違和感をもたらすこれら工房の主たちこそ、人々の畏怖を集め、剣崎に「狂女王」の異名を与えたものだった。実際、その合目的を超えて精緻な作り込みは、見る者の精神を何かしら変質させずにおかないらしい。むろん創造主たる当の本人の精神は別のはずだが、剣崎はその日、なぜかあまたの創造物から目を逸らして歩き回り、果てには窓の外の砂漠をぼんやりと数時間も眺め続けたのだった。挙句、ふと、

「退屈だね」

 と、どこか偽悪的に顔を歪めて呟いたその時だ、不意の訪問者があったのは。

 今時ろくに使われないインターフォンの、通話を促すランプが点灯するのに応えれば、神経同期を使わず話したいという珍しい申し入れがあり、これは剣崎を大いに驚かせた。カムイン、と戸を開けた際、その目はまた別の驚きで見開かれたかに見えたが、すぐに、人形じみた、とよく評されるつるりとした無表情にかえり、客が訪問の理由を一方的に述べ立てるのを聞いた。気分を害した様子はない。剣崎をよく知る人ならば、むしろ抑えきれない好奇心で瞳が輝くのに気づいただろう。

 妹の剣崎望(けんざき のぞみ)に会いたいと客は言うのだった。まずは丁重に断るが、特に失望の色も見せず、では望の作ったものを見たいと言い出す。本人に了承を取れる状態でないからと、これまた断る。ならば、と客は臆せず、矢継ぎ早に次を切り出した。話を聞きたい、剣崎顕と望、そして宮ヶ瀬球(みやがせ たま)のことについて、と。

 ふむ、と頷くと、剣崎は手招きをして灰色の廊下を奥へ向かい、工房の重い扉を開いた。伴った客に椅子をすすめると、剣崎も向かいに腰掛け、油断なく相手を眺め回した。やがてゆっくり口にしたのが冒頭の言葉である。遅い午後、まだあかりをつけない工房は薄暗かったが、剣崎の、齢三百を超えて若々しい頬が、薄い笑みとも取れる形に張り詰めたのは客の目にも映っただろう。

 話は以下に続く。

(次回につづく)


斎藤雨梟作・『N生児の星』1 いかがでしたでしょうか。次回をどうぞお楽しみに!

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