N生児の星 8

このお話は斎藤雨梟作・SF小説『N生児の星』の第8話です。
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全10話で完結予定です。

N生児の星©︎斎藤雨梟 SAITO Ukyo

「そうは言ってもあんたが球の子供かどうかは別の話だ。私と望があんたの同類かってのも、さらに違う問題だろう。仮にそうだとして、なぜ望だけがそんな能力に目覚めなきゃいけない? 私は三百年、何事もなかったのに。それが予定されたプログラムだとあんたは思うのか。それとも事故だと」

 詰問する口ぶりに、半可に諦めたといった煮え切らなさが漂った。客はどこか寂しげに微笑んで答える。

「わかりません。ただ、三百年という年月は、我々種族の四次元的なサイズからすれば、ほんの僅かな距離のようですよ」

 じっと見返したまま聞いていた剣崎が、にやりと笑った。

「えらく厄介な生き物じゃないか。少なくとも地球人にとって厄介すぎる敵だ。連邦政府に知れたらどうなることやら。もっとも、四次元を自由に渡れる便利な生き物の側から見れば、知られたところでどうもないのか」

 客もまるで動じることなく笑い返したかに見えた。だが、そのまま口元を引き締めて話し出すと、目に浮かべた表情が果たして笑いを意味していたのだか、すぐに定かでなくなる。

「そうでもありません、不便なものですよ。自分自身を作り動かす情報へのアクセスの困難こそが、地球人の本質のようです。自分が何者だかわからないというね。かれらに適合させるためだか何だかで情報への道を塞がれて、環境にも、自分の体にさえも馴染めない境遇で放り出されては、やみくもに生きることの波風の過酷さは、地球人を上回る」

 その顔は紫がかった夕日の最後のひとすじに照らされ、鉱物的に白く滑らかな目のふちにも、疲れの色が見て取れた。剣崎はふん、と鼻を鳴らした後、やや平静に戻ると座り直した。

「小出しにでも情報を手に入れて、本来の能力に目覚めればその波風も収まるというわけか。私ならばそんな情報や能力をありがたいとは感じないが、あんたは違うんだな」

「すぐに受け入れられないのはわかりますが、いずれ真実は風雨に洗われて姿を表すものでしょう。それに、三次元の生物が強風を嫌うように、元来四次元人の我々にも、時の流れを避けずにはできないことがあるのです。例えば、自己複製」

 客は剣崎の顔を凝視する。反応を伺うように最後の語句をゆっくりと区切り、そのままらんらんと輝かせた瞳を逸らすことなく、続けた。

「あなたが時間の細分に閉じ込められた『動かない体』を作ったのも本能に近いものだったのでしょう。それを時間の不可逆性から遮蔽すれば命を得ると球さんは考えた。だが一体何が遮蔽物になり得るのか。先ほどのお話から察するに、その難題ゆえに時間がかかったようですね。でも解決した。答は、望さんの作る球体だった」

「何だって」

 剣崎が大きく目を見開いた。

「ちょっと待った、望の作った球体に、私が作った体……? もしかして、それがあんただと言ってるのか」

 色のない沈黙を客は押し返すばかりで、それは肯定と受け取るよりほか、なさそうだった。

「人形は随分作ってきたが、あんたみたいなのを作った覚えはないぞ、自分そっくりの人形なんて」

「何を言うんです、自分そっくりな死体を作ったのを忘れましたか。それは今どこにあるっていうんです」

「あれは球が預かると言って……まさか」

 かすれ声を絞り出す剣崎に、客は無情に首を縦に振る。

「そうです、球体を持ち出したことがないとは言っても、球さんの頼みならば望さんは渡したでしょう。電磁気変動の少ない無人地で、望さんの遮蔽球殻に長い間保護され、ようやく命を得たのが私です。先ほどのお話で確信しました。そっくりな五人目じゃない、まだ四人です。そして四人の誰一人も、人間などではない」

「あんたが、あの……いや、確かにそうだ、そうじゃないか」

 見知らぬ訪問者であることだけは、今に至るまで疑いもしなかったのだろう。その相手の肌の上に、自分だけが知る秘密の痕跡でも見出したのか、剣崎の目の色が変わった。瞳の奥から、これまでにない銀色の光が浮かび上がる。あたりを焼灼しそうに強烈で、人の感情など超えた何かとしか見えないのに、体温と湿り気を感じさせて生々しい閃光だった。それはぎらりと短い輝きを放つと、無の空白のような残像を置いて駆け抜けて行った。

「ええ、あなたが作ったのは人間でも、死体でもなかったんです」

 剣崎は放心したように、はたまた高次元を跳躍するかのように静止していたが、やがて低く声を殺して笑い始めた。客の表情はそれに反し、水底に沈みゆく石の重さを感じさせてますます冷えてゆく。

「これしきで理解を超えて気が変になりましたか、人間でもあるまいに」

 どこか虚勢の覗く冷笑を浴びて、剣崎はようやく笑いの発作を抑えたが、

「いや、むしろ合点がいった、悪くないね。変だと思ってたこと全部に説明がつくじゃないか」

 と、言葉に出すうち堪え切れなくなったのらしく、かがんだ腰に両手を当てた格好で椅子から立つと背を向けた。肩を震わせ、乱れた息を整えている。

「……球のやつ、あの死体人形を、私に内緒でね」

 ひとしきり笑いと格闘した後、まだおかしそうに言うと、入口の扉と窓との間へ目をちらちらと往復させ、またくるりと客へ向き直る。

「その球だけど、今夜来る予定なんだ。会うかい。もうそろそろだ」

 ひどく唐突な誘いだった。だが客は顔色も変えず、辞去の構えである。

(次回につづく)


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