このお話は斎藤雨梟作・SF小説『N生児の星』の第4話です。
過去回はこちらです→ 第1話 / 第2話 / 第3話
全10話で完結予定です。
突然、誰かがドアを開けてライトをかざすもんだから、眩しくて最初は何も見えなかった。首から提げたIDが白光りしてまず目に入ったが、「宮ヶ瀬医師」なんて名前に覚えもなし、夜中に医者が来るのも変だ。部屋でも間違えたんだろうと、こっちもごまかして切り抜ける気でいたら、こうだ。
「剣崎望さん、面会時間は過ぎていますよ。それに剣崎顕さん、その人形、すごくよくできていますね。ちょっと見せてくださらない?」
全部ばれてたのにも恐れ入ったが、光に目が慣れるなり、もっと驚かされたのはそいつ、宮ヶ瀬球(みやがせ たま)の顔さ。私たち双子と、そっくりだったんだ。死体を入れて四人、まるっきり同じ顔が揃ってたの。悪魔が降りてきたかと思ったよ、同じ顔の死体を作った、この私でも。何者なんだか、あいつは。
ふうん、あんた、驚かないね。今と違って昔の生身の人間にとって、外見には大きな意味があった、それを知らないわけでもなさそうなのに。やっぱり、相当調べてきたね、私と望と、球のことを。
すぐに退院させられて、逃げてもわかるなんて脅されてびくびく家に帰ると、途端に球が訪ねてきた。今日のあんたみたいに唐突に。
球は異様な興味を示したよ、私の人形に。医者なら当然だと言うんだが、どうなんだか。と言うのも、望の作る立体図形も同じくらいの熱で見入ってたからね。
「顕と望ね。顕微鏡と望遠鏡ってわけ」
工房の中をひっくり返すように見ながら球が言った。
「そ。いいコンビでしょ。宮ヶ瀬先生、下の名前は?」と、望は私よりよっぽど落ち着いてた。早速こいつを懐柔しにかかる気かって、私はただ感心してた。
「タマ」
「どんな字?」
「キュウって字。地球とか、球体の」
「へえ、いい名前だね。私、球体大好き」
これはべつに媚びたわけでもなく、望は本当に球体が好きなんだ。ちょうど球が見てたのが、望の作った球体。人がすっぽり入るくらい大きくて、ギッシリ中身があるんじゃなく、中空の、薄い殻みたいなの。素材や厚みを変えてあれこれと作ってたけど、もう分子レベルまで均一に平滑に磨いて継ぎ目もない、見事なものだった。
「人形もすごいけど、これもすごい」と、球もやたらに興奮してた。結局、作ったものさえ見せてくれれば今度のことは口外しない、と約束して帰った。ものを作る技にただただ興味があったんだと今ならわかるが、しばらくはまだ球の出方がわからず、怯える気持ちがあったね。
人工臓器をもっぱら作り出したのも、球に言われてだよ。この臓器なら移植技術次第で人間に使える、作ればいい稼ぎになるし、人形を作る理由にもなると言うんだ。ああ、私の人形は内臓まで精巧にできてて、工房にはその頃から今と同じ、臓器も散らばってた。球は見るなり、動かせばちゃんと働く構造と直観したらしい。体を本物らしくするための内臓だろうけど、逆に内臓のために体を作るふりをしとけってのが球の言い分。気乗りはしなかったけど、良かれと勧めてくれてるみたいだったし、球には借りができたようなもんだから。
まあ色々あったが、正解だったよ。当時の日本は何かと立ち遅れていたが、その後、球の人工体――そのプロトタイプが私の人形だ――の研究が世界の注目を浴びて、新しい体を作る技術の礎になった。今のJ地区が連邦で力を持つのも、球の功績あってだろう。その研究に役立ったもんだから、私も功労者さまに大出世、ますます人目もはばからず人形は作り放題だ。
体質を選ぶわりに、新しい体になる人はその後、驚くほど増えた。私の人工臓器は新しい体にも適合するが、繊細な生身の体にこそ必要だ。古い権力者ほど生身にこだわる上長生きしたがるときて、今も長老どもにありがたがられてる。
球とそっくりな話はどうなったって? 別に、驚いただけでどうにも。生き別れた三つ子じゃないか、くらいは考えた。私たちの親が、わけあって三人のうち二人を手放したかって。でも、聞けば球も孤児だった。私と望は、まあ善良な養い親に二人一緒に育てられたけど、球は独りぼっちで、育った場所にいい思い出もないらしい。結局のところ、出自だのルーツだのに大して興味がないんだね、それ以上は調べなかった。球とは不思議と気が合ったよ。姿が似ていることと関わりがあるのか、ないのか、姉妹同然に親しくなったから、もし本当の姉妹ならば悪い気がするはずはない。ただ、違ってもそれが何だということさ。
知っての通り球はそれから本物の出世をした。私がこの仕事を続けるのも、球のおかげで多少のわがままがきいて、望を治せるかもしれないからだ。
それが今の私にとって、一番大事なことだからね。
(次回につづく)
斎藤雨梟作・『N生児の星』4 いかがでしたでしょうか。次回から、更新日が日曜日に変更になります。次回更新は4月5日(日)です。どうぞお楽しみに!
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