N生児の星 6

このお話は斎藤雨梟作・SF小説『N生児の星』の第6話です。
過去回はこちらです→ 第1話 / 第2話 / 第3話 / 第4話 / 第5話
全10話で完結予定です。

N生児の星©︎斎藤雨梟 SAITO Ukyo

 む、と剣崎は声を飲み込んだ。

 目をすっと細め、そのまま心をどこかへやってしまったようだった。蝶の羽ばたきに似た夢想的な間合いでまた目を開き、細め、を繰り返す。目前の客を透かして途方もない遠くを眺めているかに見えた。

 単調な砂漠の景色を映し慣れた窓は、一日で最も劇的な夕刻の訪れに浮き立って輝き、沈黙に奇妙に音楽的な濃淡を与えている。剣崎は、その細部に引かれたように、ゆっくりと今ここにある世界に目を戻すと、ぶつぶつと小さく呟き出した。

「だったらやはり、生身の体のわけがない。それにしても、ついに新しい体で生まれた子供がいるって噂は聞いたが、はじめから大人ってのはいくら何でもまだ……もっとも、それもあんたが、我々と同じ人間だったらの話だが」

 どこか夢見るような変拍子ながら、その声には不敵な落ち着きが戻っていた。客はそれを事もなげに聞き流すと、おもむろに立ち上がった。上着のポケットを探り、掌ほどの、わずかに反った白い薄片を取り出す。遠くで残照の熱を受けた砂土の放つ赤い光が、白にほのかな暖かみを添えている。

 一方、手渡された剣崎の顔は、蒼白に転じた。

「これは……しかし、なぜ」

 剣崎は勢いよく直立したきり、手の中の、花弁のかたちの白い物体に見入ったまま凍りついている。

「あなたになら、ありふれた品でないのがおわかりでしょう。でも材質まではどうですか。有機物と見紛う多孔質の構造ながら、主成分はこの地上によくある鉱物と同じ、珪素化合物です。最も特異な点は、ある金属を微量に含むことで、人体には影響を及ぼさないとされていますが、実は特定の構造下で意外な働きをする……」

 剣崎の形相が見る見る険しいものになった。若い客の、つまらない物売りのような言い立てが気に障っただけとは、とても思えぬ激しさだった。

「これは望の作ったものなのか? こんなものは密かな趣味の品だからと、人には見せず、外にも持ち出さなかったはずなのに。それともそっくりな別物か。だとしたらどうやって? 微量の金属がどうのって、あんた、何を知ってる? もしかして望の病気のことを何か」

 掴みかからんばかりの剣幕を、客はひんやりと硬い声で遮る。

「それは私が生まれた時に包まれていた卵殻様の膜の一部です。はじめから、人間じゃないんですよ、私たちは」

 こん、と薄氷を破るつぶての鋭さで、その声は染み渡ってあたりを痺れさせ、しばらく二人の動きも言葉も、鏡像対称に封じられて止まった。

「私たち、と言ったな」

 沈黙を破ったのは剣崎の方だった。

「ええ。私は、親を探しにここへ来ました。あなた方三人の誰かだろうと見当をつけて。宮ヶ瀬球さんにお伝えいただけますか、自己複製は成功しました、と」

「球が、あんたの親だと?」

「まだ、そうとまでは。ただ、報告すべき相手は、ただ一人自分の使命を記憶している、球さんだとわかったので」

 客の声には、誇ると同時に怯えるとでもいう双極の揺らぎがある。背負った重荷を威勢よく放り投げておきながら、いつでも担ぎ上げて走れるよう、しきりと気にする目配りにも似たすわりの悪さが。剣崎の方は、その余波さえ寄せつけぬ鷹揚さで瞑目すると、再び声を閉ざし、無表情を保っていたが、やがて薄く開いた瞼から、粘性の網のような鋭い視線を投げた。

「わからないね。どうも私たちが、地球を征服にきた宇宙人だとでも言ってるように聞こえるが」

「そう言ってるんですよ。わかっているじゃないですか」

 挑む眼差しを向けつつ、客は生真面目に頷いた。半眼で睥睨する剣崎だったが、ふっと苦笑いに息を吐く。

「よく無防備に言うもんだ、そんなことを」

「予告なく訪ねて、神経同期を介さず話す。あなたが監視録画や録音をお嫌いなおかげで、記録に残らず安全な方法が見つかって助かりましたよ」

「なるほどね。で、取り敢えずあんたが地球外から送り込まれた生命体だとしてだ。大人の体で卵の殻を破って生まれた時から、何もかも覚えているって? 使命とやらを」

「私の、いえ我々の設計図、コマンドの一部を私は読めます」

 若い訪問者は人差し指で自分のこめかみを指し、とうとうと述べ出した。

「生命とは、自律する規則に従いながらも周辺環境に応じて変化する、半分閉じた情報のこと。我々はそう定義します。地球人による定義も、極端に物質に囚われ過ぎているとはいえ、さほどかけ離れたものではありません。ただ地球人は、情報と、自身を形作る物質との繋がりを解明するにも、遺伝子の構造と働き止まり。未だにろくに理解できていませんが」

 ある種の催眠状態を思わせる流暢さである。剣崎は、まだ余裕を残した面持ちでひとまず聞くに徹したものの、時々苛立たしげに眉を上下させ始めた。ついに、息を継ぐ隙をついて口を挟む。

「ほう、地球人など及びもしない知恵を持つあんたたちは、その情報をコマンドと呼ぶと」

「まだ、生命が情報だという見解をお伝えしただけです」

 慌てるなと制する一言で、客は剣崎を黙らせた。

(次回につづく)


斎藤雨梟作・『N生児の星』6 いかがでしたでしょうか。ご感想、こちらのメールフォームからお待ちしております。ぜひお気軽にお寄せください。

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